裁判官や検察官と,弁護士の本質的な違いの1つは,「経営」というところにあると思います。
社会正義を追求するのは弁護士も同じですが,一方で,従業員や自分自身の生活を守ることも求められます。
拝金主義に陥ることは,弁護士としての品位を害するものであり,断固回避しなければなりませんが,だからといって,何もかもボランティアというわけにもいきません。
このようなジレンマを抱えながらも,うまく折り合いをつけながら仕事に取り組むことが,弁護士を含む士業の本質ではないかと思っています。
弁護士の仕事も多様化が進んでおり,大規模事務所で会社員のように働いている人もいれば,実際に企業内弁護士(インハウスローヤー)として会社に勤めている人,準公務員として公的機関に勤めている人もいます。
様々な社会貢献の形があるのは良いことだと思いますが,個人的には,いつか何らかの形で「経営」にも携わりたい,という方にこそ,弁護士という仕事をお勧めしたいところです。(末原)
誰かの供述が信用できるかどうかを判断する際,裁判では一定の手法が用いられます。
例えば,XがAという供述をしているが,これは客観的証拠と整合しており,一貫しており,迫真的であり,この点について嘘をつく理由もなく…,などといった思考過程を経て,Xの供述は信用できる,という結論が導かれます。
ここで注意しなければならないのは,Aという供述に限り信用できるという話ではなく,Xという人間は信用できる,という属人的な判断が行われていることです。
そして,一度Xは信用できるという話になると,XのBという供述も,Cという供述も,…すべて信用できる,となり,そのまま事実認定に用いられることになります。
ですが,およそ人間というものは,真実を述べることもあれば,虚偽を述べることもあり,Yはまったくの正直者,Zはまったくの嘘つき,というように,画然と分けられるものではないように思います。
XのBやCといった供述が信用できるかどうかは,Aと同様個別に判定されるべきであって,「信用できるX」を介して供述間を自在に移動するようなことをしていては,誤った事実認定が行われる危険性があるように思われます。
裁判官には,ごく真っ当な感覚に従った,常識的な事実認定をしてもらいたいと,常々願っているところです。(末原)
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被告人や共犯者が経営する会社が,被害会社から2億3000万円余りを騙し取ったとされる事案で,最高裁は,「原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。本件の審理経過等に鑑みると,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえない」として,東京地裁の保釈許可決定を取り消して保釈請求を却下した東京高裁の決定を取り消し,保釈許可決定を確定させました。
また,予備校の理事が,予備校生徒に対し,準強制わいせつをしたとされる事案で,最高裁は,「原々審は,既に検察官立証の中核となる被害者の証人尋問が終了していることに加え,受訴裁判所として,当該証人尋問を含む審理を現に担当した結果を踏まえて,被告人による罪証隠滅行為の可能性,実効性の程度を具体的に考慮した上で,現時点では,上記元生徒らとの通謀の点も含め,被告人による罪証隠滅のおそれはそれほど高度のものとはいえないと判断したものである。それに加えて,被告人を保釈する必要性や,被告人に前科がないこと,逃亡のおそれが高いとはいえないことなども勘案し,上記の条件を付した上で裁量保釈を許可した原々審の判断は不合理なものとはいえず,原決定は,原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない」として,福井地裁の保釈許可決定を取り消して保釈請求を却下した名古屋高裁金沢支部の決定を取り消し,保釈許可決定を確定させました。
上記各決定の射程がどこまで及ぶのかという問題はありますが,たとえ否認事件であっても,罪証隠滅の現実的可能性がないことについて,審理を担当している裁判所を説得できれば,その保釈許可決定を上級審が覆すおそれは低くなったといえ,ひいては,裁判所が裁量保釈に踏み切る余地が大きくなったといえるのではないかと思います。(末原)
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大学時代,教授から,3つの目の話を聞いたことがあります。
虫の目とは,物事を分析する力のことで,文章読解でいえば精読,経済学でいえばミクロ経済学,「木を見て森を見ず」でいえば木に相当します。
鳥の目とは,物事を俯瞰する力のことで,文章読解でいえば速読,経済学でいえばマクロ経済学,「木を見て森を見ず」でいえば森に相当します。
高校時代,古文の先生が「ミクロとマクロをクロスさせる」,漢文の先生が「微視的な視点と巨視的な視点を併せ持つ」ということをしきりにおっしゃっていましたが,虫の目と鳥の目を駆使することが,学問の基本にあるということだと思います。
もっとも,教授は,虫の目と鳥の目はそこまで珍しいものではなく,魚の目こそが最も重要である,とおっしゃっていました。
魚の目とは,潮流を読む力,先を見通す力のことです。
潮流に逆らったり,目的地とは異なるところに流される潮流に乗ったりしていては,成功はおぼつかないので,目的地に辿り着く潮流を常に探さなければならない。
このような趣旨の話だったと記憶しています。
先々のことまで考える,というのは面倒なことですし,仕事などであまりに過酷な毎日を送っていると,目の前のことで精一杯,ということにもなりがちです。
時には魚の目を閉じ,目の前のことを片付けることに集中する,ということも必要かと思います。
ですが,いつまでも魚の目を閉じたままだと,努力が報われない環境に自身を置いてしまったり,結果に結びつきにくい努力をしてしまったりして,損をすることが多くなってしまいます。
自分は一体どこに行きたいのか(目的),そこに辿り着くためにはどの潮流に乗って進めばいいのか(手段),という視点は,何かを達成したいときには非常に重要なものだと思っています。(末原)
昨日,「事例から学ぶ交通事件の弁護―科学的弁護活動の追求」というセミナーに参加しました。
交通事件に携わる警察官は非常に少なく,鑑定人を任せられるようなまともな専門家も中々いない,という悲惨な実態があること,データにかかっているバイアスには,常に注意しなければならないこと,経験に頼り過ぎることなく,丁寧に事件に当たる姿勢が重要であること,自動車運転死傷行為処罰法の構成要件は,非常にあいまいで批判が多いこと,などを学びました。
交通事件における様々な科学的弁護活動について学ぶことができ,刑事弁護士として得るところの多いセミナーでした。
自身の眼力を過信せず,力不足を補うための不断の努力をするのが弁護士の基本姿勢である,ということを改めて肝に銘じ,今後の職務に当たりたいと思います。(末原)
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こんにちは,事務局の者です。
今月23日にイギリスで行われた国民投票は,EUからの離脱を支持する,という結果に終わりました。
昨年までイギリスに住んでいたこともあり,その結果を注視していました。
2年前に行われた,スコットランドの独立の是非を問う国民投票のときと同様,現状と変わらず,残留するという結果を期待していましたが,期待に反した結果になってしまいました。
ただ,報道されているとおり,若者たちや,都市部の人たちの多くは,EU残留を望んでいたようで,娘の友人たちは,誰一人として離脱派に投票しておらず,SNSは荒れ放題のようです。
ベルギー出身の友人は,もう母国へ帰ろうかしら,と残念そうに言っていました。
現在,EU域内の人の往来が自由なこともあり,本当に多くの外国人が,仕事を求め,経済的に豊かなイギリスへとやって来ています。
移民の人たちの大半は勤勉で,社会で活躍している人も多くおり,そんな状況をごく自然に受け止めているイギリス人に対し,私は懐の深さを感じていました。
一方で,移民に仕事を奪われた,EUが決めた法律を押しつけられた,といった不満が,一部の人たちの間でくすぶっていたのは事実かもしれません。
それに,通貨やテーブルマナー,車の左側通行などといった,大陸とは違った独自のやり方が大好きな国民にとって,自主的に国のあり方を決めることができるようになる離脱ということに,魅力を感じたのかもしれません。
ただ,EU離脱が決まった後,「What is the EU?」が,イギリスでの検索ワード急上昇の第2位になった,というニュースを目にしました。
そもそも,「EUを離脱すること」(検索ワード1位)や,「EU」それ自体の意味が,国民に広く理解されていたのか,甚だ疑問になるようなニュースです。
このような中で国民投票を実施し,世界を混乱に陥れたキャメロン首相の責任は,職を辞するだけで取れるようなものではないように感じます。
投票の結果は覆せないでしょうから,せめて,世界の国々と良好な関係を築いていけるような新しいリーダーが選ばれることを,願わずにはいられません。(事務局)
横浜地裁では,裁判員裁判だけでなく,通常裁判においても,被告人供述調書の採否を留保し,被告人質問を先行させる,という運用が行われています。
一見すると,公判中心主義の徹底ということで,望ましい運用のようにも思われますが,個人的には,若干の疑問を覚えるところです。
被告人質問は,ほとんどの場合,弁護人の主質問から行われますが,被告人供述調書が未採用のため,罪体・犯情から質問していくことになります。
ですが,いくら認め事件とはいえ,罪体・犯情を立証すべきは検察官であり,それを弁護人に質問させるというのは,基本的な立証構造にそぐわない運用であるように思われます。
また,弁護人がその立場に即した主質問を行えば,網羅的にはなり得ず,結局,検察官が反対質問において網羅的に質問していくことになり,主質問を弾劾する反対質問という基本構造が崩れることが懸念されます。
ですので,罪体・犯情の主質問は検察官が,一般情状の主質問は弁護人が行うというように,認め事件の通常裁判においても,きめ細やかな運用がなされるべきではないかと思います。
否認事件であれば,主質問を行うべきは当然弁護人であるように,被告人供述の各部分を法廷に顕出したいのは弁護人なのか,検察官なのか,という基本に即した,適切な質問の振り分けが望まれます。
さらに言えば,被告人及び弁護人が,精査の上,被告人供述調書の証拠調請求に同意しているのであれば,裁判官に同じ内容を一から聞いてもらうことにさほどの意味はないように思われる上,質問時間が十分に確保されなければ,かえって立証が杜撰になる弊害をも招きかねないのではないか,という疑問も覚えるところです。
認め事件の通常裁判においても,被告人質問先行型の運用を続けていくべきか否か,基本的な立証構造などを踏まえた,慎重な検討が望まれます。(末原)
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アメリカで開催されていたコパアメリカ(アメリカ大陸最強国を決めるサッカーの国際大会)の100周年記念大会(センテナリオ)は,チリの優勝で幕を閉じました。
4年に一度開催されるこの大会は,去年開催されたばかりでしたが,大会100周年を記念して,今年も開催されました。
チリは,自国開催だった去年の大会と同じく,決勝でアルゼンチンを破り,連覇を達成しました。
世界最高の選手であるリオネル・メッシを擁するアルゼンチンですが,メッシはこれまでA代表のタイトルに縁がなく,一昨年のワールドカップや去年のコパアメリカに続き,準優勝に甘んじました。
ブラジルやウルグアイがグループステージで敗退し,今回こそアルゼンチンと大いに期待していただけに,この結果は残念でなりません。(末原)
被害者が,被告人の弟に暴行を加えた上,その背中に右足を乗せて立っていたところ,被告人を押さえていた被害者の仲間が手を離した隙に,被告人が,被害者の右脇腹に,あらかじめ置いておいたシースナイフを突き刺し,出血性ショックで死亡させたという事案で,東京高裁は,「被告人は,被害者らを挑発して,被告人に暴力を加えるために被害者らが被告人方に来る事態を招き,被害者らが被告人方に来て暴行を加えてくる可能性がかなり高いと認識していながら,そのような事態を招いた自らの発言について被害者らに謝罪の意向を伝えて,そのような事態を解消するよう努めたり,そのような事態になっていることを警察に告げて救助を求めたりなどすることが可能であったのに,そのような対応をとることなく,被害者らが暴行を加えてきた場合には反撃するつもりで,被告人の弟を被告人方に呼ぶとともに,殺傷能力の高い本件シースナイフを反撃するのに持ち出しやすい場所において準備して対応し,被害者らから暴行を受けたことから,これに対する反撃として本件刺突行為に及んだものであり,被害者らによる弟及び被告人に対する暴行が被告人らの予期していた暴行の内容,程度を超えるものではないことをも踏まえると,本件刺突行為については,正当防衛・過剰防衛の成立に必要な急迫性を欠くものといえる」として,過剰防衛の成立を認めた原判決を破棄しました。
本判決は,積極的加害意思についての先例(最決昭52.7.21)や,自招侵害についての先例(最決平20.5.20)は引用しておらず,侵害回避義務論と同様の発想に基づいた事例判断といえますが,確たる判断基準に依拠していないことが,原判決の結論との齟齬を招いているようにも見え,最高裁による整理が望まれるところです。(末原)
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量刑の基本的な考え方は,犯した罪の報いを受けさせる,という応報刑の要素と,被告人が二度と罪を犯さないようにする,という予防刑の要素を併せ考慮し,刑罰を決定するというものですが,予防刑の亜種として,被告人が危険人物であればあるほど長く閉じ込めておくことが再犯を防止し,社会の安全にもつながる,という保安の考え方も存在します。
一般の素直な感覚として理解できないものではありませんが,このような隔離機能を強調し過ぎると,およそ犯罪者は社会にとって有害であり,可能な限り長く閉じ込めておくことが,社会にとって最も有益である,という極論にも結び付きかねません。
食うに困った万引き初犯も懲役10年でいいのか,冤罪だったらどうするのか,などといったことを考えると,これほど恐ろしく,寛容さのない社会はないように思われます。
罪を犯した者のほとんどは,遅かれ早かれ社会に戻ることになります。
ここで大切なのは,やはり,まずもって罪の重さを知らしめ,その上で,いかに二度と罪を犯さないようにさせるか,という応報刑と予防刑の観点だと思います。
そして,犯した罪に対して重すぎる罰は,社会からの長期の離脱により,かえって更生を妨げるおそれがある一方,犯した罪に対して軽すぎる罰は,被害者や社会の怒りを生むだけでなく,罪を犯した者が十分に反省を深める契機を奪い,かえって更生を妨げかねないという,応報刑と予防刑の間に存在する矛盾にも,十分に注意を払うべきです。
保安の考え方は,いわば先送りや排除の理論であり,問題の本質に迫ることはできないように思われます。(末原)
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